荘子は徹底して個人主義的で、支配者という者を予想していない、と小島祐馬は言います。「予想していない」というのは面白い言い回しですが、要するに「想定していない」ということなんでしょう。あるいは、眼中にないと言ったらいいのか。
老子の思想は政治思想的ですが、荘子のそれは個人主義的かつ無政府主義的だとも言います。荘子はそのことを、堯が天下を譲ろうとしてそれを拒絶した許由という人物を引き合いに出して、許由こそが荘子の最理想形だというのです。
彼は現在の社会が如何なる組織を有し、そこに如何なる道徳が行われていても、それに手をつけて自己の理想にしたがってこれを改廃することは考えない。かかる組織や道徳は全然否定せず、そのままにして、自分だけがそれから抜け出して超然としていようとする。彼の思想は個人主義的であり、無政府主義的である。無政府主義的であるとはいえ、消極的・逃避的であり、むしろ貴族的・高踏的であって、少しも危険を伴わない。
小島祐馬『中国思想史』、p.133
しかも、こういった個人主義・無政府主義は、程度の差こそあれ、儒家思想にも見られるというのですね。これは興味深い指摘です(ここではこれ以上は深追いしませんが)。
さらに。
荘子もまた、老子の言うような「道」に従って生活するために、人間の持つ欲望を排除しなければならないと説きます。もし人間がこの世の快楽の境地を得ようとするなら、自我・功名、名誉を捨てて、「至人(しじん)」「神人」「聖人」のようにならなければならないというのです(「至人は己なく、神人は功なく、聖人は名なし」)。
彼らは〈宇宙の真理体得者〉であり、自然そのものと一致する行動を取りうる者だというのですね。そして、そういった境地のことを、荘子は「無何有之郷(むかうのさと)・広漠之野(こうばくのや)」と称しました。
そして、老子と同じように、いわゆる経済生活を否定することに、すべての安楽の境地があるというのです。さらには、死することこそが唯一の安息なのだとも。
このことはしかし、荘子が一面において肯定している自然生活の生き方と矛盾するのではないでしょうか。
荘子はそのことに対してこう回答するのです。死はもとより安息の地であるが、我々がこの世に生を享けている以上はその生をみだりに害することなく全うすることが自然の道理である。生きている間は、外界の事物(経済、成功、名誉など)に本心を攪乱されることなく、自然生活に順応しなければならない。
このことにおいては、生の大切さ(=生を養うこと)を解く必要があるのであって、「不材」(=社会的に無用の人間)になることが人間本来の性に従って生きることであり、自然生活に従って生きることでもあるというのです。
小島はこう述べます。
荘子は先きに生を否定して死を得、今また死を否定して生を得た。しかし今得たところの生は、先きに否定せる生ではない。けだし荘子の死を選び生を養う思想の矛盾は、ここに至って弁証法的に統一せられたものではないかと思う。
前掲書、p.136
こう書いてきて、やはり今ひとつ自分の中でも理解できていないところはありますね。荘子についてはその知識論も面白いのですが(その理窟の捏ね具合が)、いったんここで区切りをつけます。また言及することがあるかもしれません。次からは陰陽について勉強したいと思います。
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